静岡県地学会・東部支部主催のジオツアーに参加して、愛染院跡周辺を散策しました。何回も歩いているコースだが、いつも新たな発見がある。
愛染院跡
廃愛染院の山門跡付近から、北の愛染院寺域を望む。細い歩道が参道がかつての参道に相当する。
愛染院跡の手前辺りに位置する溶
岩塚を南から。冬枯れで良く見える。
溶
岩塚の周囲は道路をつくるために、開削された。こちらは東側。
白滝公園
冬の水枯れで、白滝公園の湧水も出ていない。一部ポンプアップされた地下水が流れているが。
かつて三島に砲兵連隊が移転してきた際に、飲み水の確保のために、白滝公園に数か所の井戸が掘られた。その跡がいくつか見える。
毒を入れられないように警備するために、現在の商工会議所付近に
憲兵隊が置かれたそうだ。
井戸近くには水神さんの石祠が見守る。カワゴ平の
軽石が使われている。
白滝公園の脇間の
下流には、水車小屋があり、水車が池底の砂を巻き上げるのを防ぐコン
クリート製の板が残っている。
白滝公園の南口に建つ農兵節の石碑は、粘板岩の仙台石製。
今まで目に触れることが無かった岩留溶
岩塚の下部が露頭している。
富士登山のみそぎに使われた神池は水枯れしている。池の中にある水神の石祠は凝灰岩製。
池の傍には、三基の像が祀られている。金属製の
孔雀明王は新しそう。
玄武(亀と龍が合体)に坐る
妙見菩薩像は、凝灰岩製。
こちらは、[農祖神]と刻まれた文字碑で、農業の神様であろう。
コノハナサクヤヒメが足で溶岩流を留めたといわれる足形が残る溶岩。溶岩流の中で大きくなった気泡の穴が割れて、露頭したものであろう。
かつの
富士登山道・三島口には、柴岡神社が立てられていて、登山道は
楽寿園の方向に延びる。
深池の楽寿館側は、溶岩トンネルが小浜池まで続いていたが、最後の溶岩流はとどまって、蓋をしたようだ。
中門東の奥の高くなっている場所に七面堂があった。
中門の西側の露頭。溶岩流の厚さは数十センチで、下ほど新しい溶岩流。下部の溶岩は上の溶岩流に覆われてゆっくりと冷却したので、内部のガスが上の溶岩流との境界まで上昇したので、気孔の少ない溶岩となった。
郷土資料館前に並べられた
文化財の中に、愛染院の
護摩石が保存されている。