牛歩的写真中心網録”

伊豆半島ジオパークと道祖神を中心にアウトドア活動を、写真で記録しています

三嶋大社

静岡県地学会・東部支部主催のジオツアーに参加して、三嶋大社を徹底再見しました。

集合場所の大鳥居から、東海道と下田街道の起点を見る。
大鳥居は安政地震で倒壊したので、その後造り替えられた。使われている大理石は小豆島産で、当地の石屋さんが大理石を扱ったことが無くて、石の目を間違えて、上下逆さにはめてしまった跡が見える。北伊豆地震では倒壊しなかった。

たたり石(東海道の真ん中に置かれていた時は、エノキ石)を3d modelにしてみた。
大きな平たい石が、笠石。境内の角が取れた巨礫は、いずれも御殿場泥流の転石。

淡島神(女性の守り神)の石碑
戦前の社名碑[官幣大社三島神社]は、敗戦後の官制廃止により、境内右手に移されている。

神池のほとり立つ若山牧水の歌碑[のずゑなる 三島のまちのあげ花火 月夜のそらに 散りて消ゆなり]

神池の水は、今ではポンプアップした地下水だが、以前は大場川の上流からの用水を引水していた。
今の総門は新しい。

以前の総門はこちらに移してある。
総門の中には、三重塔があった。その礎石のひとつが残されている。

宝物殿前の道路は流鏑馬で馬が駆ける場所だが、神仏分離前には奥にあった薬師堂の参道だった。
宝物殿前に移された小室石の狛犬二体

社務所前には、牛石が埋まっている。
こちらは穴のある耳石

腰掛石は、大河ドラマに対応して、少し移動された。
若宮神社八幡神社)は、元々の土地の神様だったが、平安中頃に遷座してきた三島明神に敷地を横領された。
境内の金木犀は、少し樹勢が良くなかったように見える。
護摩堂跡にたてられた芭蕉の句碑[どむみりと 棟や 雨の 花曇り]

東の参道には、薬師堂の礎石だったと考えられる心穴のあいた石が残る。
神池への用水跡には、マンホールが置かれている。(今は流れていない)

神池用水の開渠が続くが、水は流れていない。
神門前にあった石灯篭は、北門の左右に移された。修復された石灯篭は唐破風・懸魚の立派な屋根がついている。

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