牛歩的写真中心網録”

伊豆半島ジオパークと道祖神を中心にアウトドア活動を、写真で記録しています

小田原の道祖神 #11

クリスマスに何の用もなくて暇なので、小田原の道祖神を探しに出かけた。

高田西原のT字路・北東角に大きな祭場を設けて、二基の石造物が祀られている。左像-南無阿弥陀仏の名号塔、右像-双体(#100・摩滅・両神-合掌・寛文十年と小田原市最古の双体道祖神
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高田の八幡神社境内の北東隅に、一本松の双体道祖神(#99・摩滅・両神-合掌)が祀られている。
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別掘の稲荷神社鳥居の左に、双体(#103・摩滅・両神-合掌)が祀られている。
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別掘の東学寺の北東の四辻・北西角に、文字碑(#101・[道祖神])が祀られている。
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高田の北ノ窪の変形十字路・北東角に双体(#102・摩滅・両神-合掌)が祀られている。
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千代の大神宮境内入口左手に木の祠に護られて、双体(#98・摩滅・両神-合掌)が祀られている。
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千代の三島神社境内・鳥居の後に、トタン屋根で守られて、双体(#97・摩滅・両神-合掌・板碑型)が祀られている。左奥には、下半身が欠損した双体が倒れている。
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城禅寺の上り坂の途中の稲荷神社の祠左に、双体(#69・摩滅・両神-合掌?)が祀られている。陰石と陽石が具えられている。
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周囲がすっきりとしているので、3Dモデルでも。3Dにしてあると、後で形状や特徴などを確認できる。(但し、全てを3Dにするのは面倒)


田島を流れる剣沢川の土手近くのT字路・北西角に、西を向いた双体(#55・摩滅・両神-合掌・舟形)が祀られている。
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剣沢川の橋の袂に、双体(#56・摩滅・両神-合掌・舟形)が祀られている。賽物が具えられていて、後ろに石祠がある。
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バス停田島のY字路・東南角に、三基の石造物が祀られている。左像-双体(#53・摩滅)、中像-聖観音菩薩、右像-自然石に方形の窪みあり
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田島根岸のT字路・東北角に、双体(#52・摩滅・両神-合掌・舟形)が祀られている。前には陰石らしきものが具えられている。
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田島丹沢の信号・北東の民家の石垣前に、双体(#51・摩滅・両神-合掌・角柱)が祀られている。
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上部には、鳥もちの窪みがあり、擂粉木石も残っている。
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剣沢川の橋の東袂に、文字碑(#54・[道祖神]・周りに賽物)が祀られている。
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国府津の新幹線ガード下・東南角に、双体(#50・摩滅・両神-合掌・舟形)が祀られている。
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道祖神前には、賽物としてエビの飾り物がいくつか置かれている。ここだけにしか見られないが、どういう意味なのだろうか?
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国府津岡のごみ集積所の右に、双体(#49・摩滅・両神-合掌?・舟形)が祀られている。
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国府津岡の蓮台寺入口右手に、文字碑(#47・[道祖神])が祀られている。上に賽物が載せられている。
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国府津岡の小川近くに、二基の石造物が祀られている。左像-堅牢地神、右像-摩滅しているが双体(#48)のようだ。周りに賽物が具えられている。近くのひとによると、上流から流れ着いたものだそうだ。
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別所境の信号の東20mの民家のブロック塀に囲まれた祭場があり、双体(#57・摩滅・両神-合掌・賽物あり)を撮影することを忘れた。次回に再訪する。

箱根 石原坂

箱根の旧東海道の内、石原坂(石荒坂・石割坂とも呼ばれる)あたりが函南町に属する。函南遺産の再取材として歩いてみた。

大枯木坂から箱根に向けて歩き始める。石原坂に差し掛かると石畳道となる。
左側は植林帯で、右側にはハコネザサが茂る。

念仏石手前の石畳道
念仏石 後の大石が念仏石か、手前の[南無阿弥陀仏・宗閑寺]と刻んである石が念仏石かはっきりとしない。

ハコネザサのトンネル
古道の風格のある良い道

明治天皇が初めて江戸に向かう途中、この近くに甘酒茶屋があって、そこで休息されたという場所。当時は見晴らしが良かったらしいが、今はササで囲まれている。
かぶと石

かぶと石の3Dモデル(iPhone13のLidarカメラで撮影⇒ Scaniverseで3Dモデリング⇒SketchFabにアップロード) 撮影に不慣れなため、上部に穴が開いてしまった。

山中一里塚・南塚(対の北塚は失われている)
一里塚の背後には、溶岩樹型がある。箱根火山か?(それとも、富士山の物か?)

旧接待茶屋跡は、国道を挟んで東側に残る。

施業平の記念碑は、明治天皇駿河湾を遠望した場所?
沼津アルプスから大瀬崎方面を遠望する。

原生林
施業平に立つ東山魁夷による箱根八里記念碑[青山緑水]と刻んである。

石原坂の石畳に復元された斜め排水路

姫之湯ケーブ・金毘羅山の岩脈

年末のガイド依頼に関して、下見を行った。

姫之湯ケーブ

姫之湯ケーブは、大見川の右岸の崖に位置する。
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管理人の方が鍵を開けてくれてある。
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手持ちで、洞穴入口を撮影
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金毘羅山の岩脈

姫之湯ケーブ付近から、金毘羅山を望む。
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金毘羅山の南斜面に岩脈らしきものが露頭する。
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細かい板状の節理が、波打つ。
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節理が見える岩脈らしきものが、急斜面に縦に走る。DESC2
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柱状節理に近い節理も見える。
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ついでに、急斜面をよじ登り、金毘羅山の山頂に。金毘羅神社が祀られている。参道は見当たらないが、どうしているのか?
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ふたご座流星群

冬の天体ショー、ふたご座流星群を二日間にわたって挑戦したが、またも返り討ちに遭った。極大の14日未明は、滝知山に出かけたが、雲が張り出してきて、肉眼でも数えるほどしか流れなかった。

15日未明は、凍結がひどかったので、軽井沢の上で我慢した。富士山の低空は、雲が張り出したが、上空は晴れていて、粘ってみた。

ポタ赤を使って、流星シャワーを撮りたかったが、画角に流星が流れない。北斗七星と北極星方向を狙うが、ひとつだけ捉えた。
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西の空が一番クリアなので、ふたご座の下からオリオン座とおおいぬ座のあたりを狙う。肉眼ではたくさん見えたが、カメラには尻尾しか映っていなかった。
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ジオツアー三島: 長泉の溶岩塚

静岡県地学会東部支部主催のジオツアーに参加して、長泉の溶岩塚を巡った。

三島駅北地下にある三島洞穴の上は、溶岩塚を削ったもの。
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東レ三島工場の南東角では、かつては複数の井戸で地下水をくみ上げていた。三島の湧水が枯れてしまったので、井戸のくみ上げはやめて柿田川の湧水に切り替えた。
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奥の駐車場と新幹線の間に、小浜山の刑場跡そばを境川が流れる。
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深良用水の末端が、東レの工場中の暗渠を流れて、顔を出す。
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東レの西側を南北に走る甲州街道は狭い。南方向を見る。
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甲州街道の北方向を見る。
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願掛八幡宮には、大きなクスノキが三本も残る。
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参拝した後に、拝殿にかかる標語が突き刺さる。
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八幡宮の左の石灯籠(寛永19年)は灰色の三島溶岩(玄武岩)だが、火袋だけは黒い玄武岩で造り替えられている。
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八幡宮の石碑は、気孔の少ない三島溶岩。台座は気孔の多い三島溶岩
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大いちょう通りの賽の神二基
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住宅地に残る三島溶岩は、大きな溶岩塚が削られた周囲の部分(後ろのマンションを建設する際に、溶岩塚が削られた)
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長霊神社の東側は、溶岩塚が削られたもの。
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岩塚を正面から
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割狐塚稲荷神社の赤い鳥居群と紅葉
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稲荷神社の鳥居群は、溶岩塚の亀裂に設けられている。
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東の鳥居群
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南の鳥居群
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ご神体の割狐岩も、溶岩塚が割れたもの
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裂けた溶岩塚の断面を見ると、何層もの溶岩流が流れたことが分かるが、下部が気孔が少なく、上部ほど気孔が大きくなる。
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本殿前の参道は、亀裂に客土されているようだ。
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本殿西の溶岩塚には、縄状溶岩が見える。しわの方向から、縄状溶岩が手前から奥に流れた後、奥が膨張で盛り上がったことが見て取れる。
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長泉文化センター東の古墳は、溶岩塚を転用したもの。
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岩塚の頂部の窪みを利用して、遺体を埋葬した。
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文化センターの南東の掘のような窪みは、三島溶岩の採石場
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採石場には、マンホールで地下の溶岩流の様子がかいま見える。
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住宅地に残る溶岩塚の地形
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個人宅の階下にも削られた溶岩塚が覗く。
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他の住宅地の階下の溶岩
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天然記念物の大いちょうの地面は黄葉の絨毯が敷き詰められている。
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静岡県点群データ QGISによるDEM作成

4日間のQGIS集中講義で、今まで自己流だったQGISの使用方法がかなり洗練されたような気がする。 最終日の成果として、静岡県点群データ(1mメッシュ)を元に、富戸上磯のDEMを作成した。 地上の建物・樹木などを薙ぎ払った地形がくっきりと浮かび上がってきた。
ウノクソとカリマクボの間の、二次爆発の火口らしきものが鮮明になった。機会があれば、入りたくなった。 f:id:qshiro:20211212200417j:plain

小田原の道祖神 #10

小田原の道祖神探しは、ついに10回目を数えるが、まだ100近く残っている。

前回見つからなかった延清の道祖神を確認してきた。公民館北のT字路・北東角に二基の石造物が祀られている。左像-大きな堅牢地神、右像-双体(#107・摩滅・両神-合掌)賽物が具えられている。
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前回、写真を撮るのを忘れた曽我大沢山根の道祖神(#83・摩滅・舟形)がY字路・北西角の生垣の下に祀られている。
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小さな公園の中に、三基の石造物が祀られている。左像-双体(#78・摩滅・両神-合掌)、中像-自然石の表面に、二つの角型の窪みが彫られている。
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右像-腕を曲げて、上半身だけの双体の地蔵
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第20分団の器具置き場の西のY字路・東角に、文字碑(#76)[道祖神]が祀られている。
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瑞雲寺には、多種の石仏が祀られている。庭には、単体・坐像・丸彫・笏持ちと伊豆型と似ている石造物があった。エンマ大王か?
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瑞雲寺の石撞(五体の観音菩薩が内向きに刻まれている。
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こちらの石撞は、外向きの観音菩薩
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住宅地の路の東向きに、双体(#70・摩滅・両神-合掌・舟形)が祀られている。
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民家に庭に祭壇を設けて、双体(#73・摩滅)が祀られている。
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集落のT字路を北に少し上った右手に、木の祠で守られて、双体(#72・懸魚付の破風・両神-合掌・蓮華座?)が大切に祀られている。手前には、陰石と陽石が具えられている。
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Y字路・西南にコンクリートで造られた祭壇に、双体(#71・摩滅・舟形)が祀られている。前にゴミ箱が置かれているのは興ざめ
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三叉路の西南角・曽我原自治会の防災倉庫左に、双体(#68・摩滅・舟形)が祀られている。
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集落のT字路・北に双体(#67・摩滅ひどい)が祀られている。
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殿沢踏切・北西に、双体(#62・摩滅・舟形)が祀られている。
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お寺の右手・電柱の下に、双体(?・両神-合掌・舟形)が祀られている。#65か?
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Y字路・東北角に三基の石造物が祀られている。右像-双体(#59・摩滅・両神-合掌)
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下久保のT字路・西北角に、三基の石造物が祀られている。左像-題目塔、中像-天社神(地神)、右像-双体(#58・摩滅・舟形)
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#79,#77,#75,#66,#67,#63,#61,#64,#60は見当たらない。#74(宗我神社石垣)

牛歩的写真中心網録”