牛歩的写真中心網録”

伊豆半島ジオパークと道祖神を中心にアウトドア活動を、写真で記録しています

丸野山

晴天に恵まれたので、午後から伊豆スカイライン沿いの丸野山に登った。

登山道らしきものは無いが、GPSを頼りに、ほぼ直登する。伊豆東部火山群のひとつのスコリア丘。矢筈山火山列よりも古い10万7500年前に噴火したため、山体が少し削れて傾斜も緩くなっているようだ。
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山頂南東斜面にヤマツツジの群落があり、まだ花が残っていた。
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山体をほぼ南北に横切る作業道路が付けられている。
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山頂付近は展望が利かないが、手前に天城連山を見渡せる開けた場所がある。遠笠山~万二郎・万三郎のパノラマ
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三角点のある山頂は、木々に囲まれている
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少し下がった場所から山頂を見上げる
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山頂北側から溶岩流が流れて、タフリングのような形状の火口らしい凹地
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開けた火口は日当たりが良く、ワラビが成長しているが、誰も採らない。
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火口壁と火口
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丸野山高原に富士山展望台があり、星景が良さそう
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丸野山をふり返る。中央の凹部が、溶岩流に流れた谷間のようだ。再訪して確認しよう。
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孔ノ山

矢筈山を含めた火山列の巡検を始める。まずは、矢筈山手前の孔ノ山から。霧雨だったが、登山には支障なかった。岩登りとヤブコギ同然で、カメラも服も汚れてしまった。

鹿路庭峠に駐車して、矢筈山に向かうと、途中に孔ノ山から崩れ落ちてきた溶岩が現れる。ここから穴の山に向かって岩の間を登っていく。
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流紋岩の溶岩ドームが割れて積み重なっているので、穴だらけ。踏み抜かないように、苔むした岩を選んでよじ登る
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最初の炭焼き跡の東に亀裂がある。
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裏には、石切り出したかのような屏風のような岩壁が出現
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山頂近くにはいくつかのピークがあるが、最初に目に入ったピークには、亀裂の入った溶岩が聳えている。
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亀裂が進むと、割れて谷に転がっていくのだろう
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山頂近くの平な場所に炭焼き跡がある。
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大きな亀裂の底を登っていく
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樅の大木が二本
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三角点も標識も無いが、最高点のここが山頂のようだ。(展望はほとんどない)
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山頂近くにも別の亀裂。右の岩壁の上が山頂
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アイフォンのバッテリーの減りが早い。地図とGPSが必須だが、バッテリ切れでは帰れなくなる。慎重にアイフォンを入り切りして何とか持ちこたえた。

田子の道祖神

伊豆半島静岡県東部の道祖神探しも、これで最終回となる。これから整理していく中で、見落としや新たなヒントが出てくれば再調査していきたい。終わってみると、大きな楽しみが無くなってしまったという気持ちがいっぱいである。 西伊豆町道祖神は少ないが、ヒントがほとんどなくて探すのに苦労する。更にコロナ対策で駐車場が閉鎖となっているので、ようやく開いた堂ヶ島に駐車して、2km歩いて探し回った。

井田子の高見(見張り所)山頂て舞うの踊り場に三基の石造物があり、右端の石祠が道祖神
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油坂・不動山石段下広場と大田子の3基の石祠は場所が分からなかった。

白山権現の水底土石流の波食窪に不動明王堂がある。
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お堂の左にも金属製の不動明王像があり、その左にある陽棒が道祖神に相当する。(以前に撮った写真がピンボケだったので再訪)
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沢田の佐和神社本殿右後ろに8基の石祠が集められている。
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右から二つ目の石祠の中に、陽根のようなものが納められているので、これが賽の神だろう。
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子浦・日和山の方角石に再訪して
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上面に刻まれている方角を撮影してきた。一部欠損している。円と文字のようなものが摩滅している
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かみさんのバラ

毎年、きれいに咲いたバラを見せてもらえる一句石のバラ園にでかけた。自粛していて出遅れたようで見ごろは過ぎていたが、バラの香りの中で、気兼ねなく撮影されてもらいました。

マクロレンズで撮影後に深度合成して、バラの花びらと蕾の両方を引き出した。
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グラデーションのある花びらがソフト
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水滴の中のバラ
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ビオラとバラのコンビネーション
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丹那盆地 水鏡

夕焼けするような雰囲気があったので、ハングTOに出かけた。

盆地の水田には水が張られていた。上の雲が薄く、西の雲が厚いので、真っ赤にはならなかった。
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盆地の西で光っているのは新しいソーラーパネルのようだ。邪魔者が増えつある。
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田毎の夕日はなかなか出会えない
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滝知山展望台から魚見崎と初島
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伊豆大島が霧に浮かんでいるようだ
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御殿場の道祖神 続編#3

新たなヒントを元に、御殿場の道祖神探しの続編も、今回で完結する覚悟ででかけた。見当たらなかった道祖神も数あるが、暑くなる前に何とか完結することができた。(残すところ、西伊豆・田子の道祖神となった。駐車場解禁が待ち遠しい)

上柴怒田の集会所西に祀られている御殿場-1-双体の左隣が、柴怒田-2-双体(摩滅進む)だった。
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前回見つけられなかった中畑東-19(猿田彦の刻みが薄い)は八王子神社の入口左の高い所に隠れていた。
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保土沢-10-文字碑(道祖神)が旧道沿いに祀られていた
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山道に右折する東北角に、保土沢-2-文字碑(道祖神)が祀られていた。
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川柳の公民館上の四辻の北東角に桜の木が植えられているミニ公園がある。そこに、三基の双体道祖神(川柳-33)が祀られている。左像-摩滅、中央像-摩滅(両神-合掌)、右像-摩滅・欠損
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小木原の三叉路の西角に石造物群が祀られている。前列・左端に双体(両神-笏持ち)が祀られているのを見つけた。
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T字路の南西角に立派な祭壇を設けて、小木原-2-双体(左神-笏持ち、右神-宝珠)が富士山を見て、祀られている。
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小木原-16-双体(苔むす、摩滅)がT字路の南東角に祀られている。
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岩下の清水(溶岩流の末端から湧いている)
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御殿場-77a,b-双体に再会
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道祖神を探していたら、印野丸火溶岩流(Sd-Inm AD470)の末端崖に出会った。崖の先端部は、採石のために削られている。
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溶岩洞穴も保存されている
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溶岩流の下層の元の地面は、赤く焼けている
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忠魂碑の建つ華塚(鼻塚)は溶岩流の末端
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華塚の先端の道沿いに、時の栖-34が見つかった。双体とのことだが、刻みが見えなくて自然石のようだ
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以前に出会ったことがあるが、道祖神だと考えなかった。印野-12-文字碑(左像)と印野13-双体(摩滅、首のところで上下に割れ・補修)が祀られている
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印野のお胎内公園は休園中で入れなかった。以前にお胎内で撮影したもので我慢しよう。右から二つ目の像が、時の栖-37、他の3基は時の栖-38-陽棒
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御殿場の道祖神 続編#2

天気が崩れる前に、御殿場の道祖神追加調査を続ける。

工場のブロック塀に三基の石造物が祀られている。中央像が鮎沢-20-双体、右像が鮎沢-21-単体だった。
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鮎沢からは、田植え時の水田に映り込む富士山がどこでも見える。しかも人工物が少ない。
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道沿いの6基の石造物群が祀られている。左端の像が東山-28-双体らしいが、摩滅していて双体の面影はない
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富士山も見える見晴らしの良い道沿いに、東田中-41-文字碑が立つ。金時山を背景にして
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鮎沢の水田への映り込み
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住宅地のT字路に3基の石造物が祀られていて、左端が栢ノ木-16-文字碑
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大堰の石造物群もこれで3度目の調査。ようやく、美乃和-2-単体が見つかった。(石祠の左の良くわからないが単体のようだ)
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郵便局の隣ではなく、駐在所の右隣に、六日市場-11-単体が祀られていた。
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上小林の旧道沿いに祭壇を設けて、2基の石造物があり、今まで見落としていたが左像が上小林-9-文字碑(猿田彦)だった。
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Y字路の東向き角に、4基の石造物群が祀られている。前列中央が仁杉-1-文字碑。
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茱萸沢の変形十字路の東北側に、二基の石造物が祀られていて、左像が茱萸沢6-文字碑(資料では双体となっているが、平板で文字が刻んである)で、右像は既知の文字碑
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新橋-24-文字碑、鮎沢-37-双体、深沢-45-文字碑、柴怒田-2-双体、中畑東-19-猿田彦茱萸沢-8-双体が見つからなかった。ヒントが正しくないようだ。

牛歩的写真中心網録”