牛歩的写真中心網録”

伊豆半島ジオパークと道祖神を中心にアウトドア活動を、写真で記録しています

修善寺城跡

曇天の午前に、修善寺城山にある修善寺城跡を踏査した。

登城口~南西稜線~主郭

修善寺橋から見上げる城山。狩野川と大見川の合流点すぐしたで、桂川が合流するという天然の要害に守られた山城。
東南のお寺に駐車させてもらい、歩き始める。お寺から登城する山道は無い。
城山の南麓に城山神社が建つ。登城口(大手?)は神社左手前を登る。
静かな城山神社境内。神社背後に、山頂のアンテナ塔建築で整備された道路が残るが、戦国時代はなかったので、下山道として通った。
落ち葉が厚く積もった稜線上の登山道を登る。
途中のやせ尾根には地山の凝灰岩が露頭する。
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北又のクマガイソウ

修善寺北又のライハ頼朝さんの庭に、今年もクマガイソウが咲いたとのニュースが出ていた。曇天の朝、撮影してきた。

昨年は数株だったと記憶しているが、前庭の林床に、かなりの数が増えた。撮影が難しいので、望遠で切り取った。
鮮やかな色のエビネも増えていた。
きれいだが、育てるのは難しいだろう。

仁科峠のマメザクラ

昨日の雨も上がり、高気圧が移動してくる。この後、天気は崩れるので、今年最後のチャンスに猫越岳周辺のマメザクラを撮影してきた。

仁科峠~後藤山

なべ岩を6時にスタート。空は霞んでいて、富士山は見えない。仁科峠のマメザクラは散り急いでいるようだ。
後藤山に向かう樹間の登山道に入ると、マメザクラとアセビの花盛り。
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柏久保城址

修善寺愛宕山(標高 180m)の山頂にあった柏久保城は、北の古川と南の大見川の合流する場所に位置し、下田街道と伊東街道沿いの交通の要衝に位置する。伊勢新九郎が狩野氏を攻撃する前に、柏久保城を奪ったと考えられている。

山麓~東側登城口

柏久保の公民館から柏久保城のあった愛宕山のほぼ全景が展望できる。右のピークに主郭・二ノ郭・三ノ郭があった。
修善寺グラウンド奥に愛宕山の左ピークが見える。
急坂を進むと、愛宕山の分岐が現れ、すぐに尾根筋の山道(大手口?)となる。
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南伊豆のジオサイト

南伊豆・下田のジオサイトでの研修に参加した。南伊豆町役場の湯けむりホールで、事前に小山先生による詳細な座学を受けることができた。

石廊崎断層

50年前の1974年5月9日に、石廊崎断層(歴史には活動記録が無いが、B級、千年に0.1m以上1m未満のずれ)が活動して、伊豆半島地震(M6.9、震度5、伊豆半島沖が震源ではなく、石廊崎を含む伊豆半島南端)が発生して、石廊崎や中木の集落で、大きな被害が生じた。
石廊崎の集落を南東端から北西端まで歩いて、既に消えかかっている地震の痕跡を辿った。

南東端の民家裏の崖に出現した右横ずれ断層の露頭は、既にコンクリート擁壁で塞がれてしまった。緑の草が見えるところが横ずれ地点。当時は、横ずれ面は鏡面のようにつるつるだったそうだ。
集落の北側には、水底土石流の露頭が見られる。
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長久保城址

天気は良くないが、長泉の長久保城址を踏査した。商用地や住宅地、道路が開発されて、元の地形の多くは失われているが、城山神社付近には、城跡の痕跡が残る。

大手

大手門は交差点あたりにあったようだ。
交差点の南あたりの住宅地が大手曲輪に相当する。
城山神社の参道が、登城口か?
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